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諸行無常

諸行は無常である

ビクトル・ユーゴーの「ああ無情」の「無情」ではなく

常なるものは存在しないという、「無常」である

いかなる美人といえども、齢を重ねれば
その美しさははかなく消えていく

美しい花も、やがて確実に散り行く

大廈高楼も、やがては廃墟と化す

エジプトやメソポタミアのような大文明ですら
時間の彼方に去り、砂漠に埋もれ行く

自らの事跡を後世に残さんとしても
石碑ですら風化し、後を残さない

全ての事象は過ぎ去っていく
留めんとしても、何一つ永遠なる物はない

もしも、人生がこの世限りであり
この世が人生の全てであるならば
何と悲しいことだろうか

全てがはかなく移ろい過ぎていくことを
ただただ呆然と見送るだけになってしまう

面白おかしく、人生を過ごせれば、
人間性も、人徳も、善行や善意、
あるいは愛ですら必要ないこととなる

しかし、この移ろい過ぎていくものは本質ではない
この世が「無常」であることは
そうでない「本当の世界」を前提としているからだ

無常の世界にあっても、
確実にこれだけは残る、というものは存在する

それは人の心だ

「無常」の世界での、さまざまな経験と
それにどう相対したか、どう思ったか

その蓄積が「宝物」となったか
あるいは「負債」となったのか

確実にそれだけは存在し続ける

人は心が全てである
人生を通じて、いかなる経験を経たか
いかなる心の持ち主となり得たか

それが全ての全てである

「無常」の世界の中で、共に押し流されていくのか
あるいは「無常ならざるもの」をしっかりと手に入れるか

一生を通して、問いかけられ続けるテーマかもしれない

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