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○ 島田叡 元沖縄県知事

島田叡
沖縄戦で 県民と運命を共にした知事
島田叡さんは 愛の人でした

沖縄戦を前にして
前知事が逃亡するように辞任

赴任 即 殉職を意味しますから
後任が決まりません

その中で 島田さんは
人が嫌がることを
他人にやらせる訳にはいかないと
身内が引き止めるのを制止して
断固として 沖縄県知事として赴任します

県民の疎開を陣頭指揮し
非常用の食料を必死で確保
少しでも県民が生き残れるように
最善を尽くし
そして 沖縄戦を迎えます

帝国陸海軍は 最後の一兵まで戦います
だから 民間人が生き残るためには
戦線から離れることが大事です
そのための疎開です

県民には疎開を勧めながら
知事は 軍司令部と行動を共にします

沖縄戦末期
刀折れ矢尽きた日本軍

玉砕を前にして
知事は 新聞記者にこういわれます
「知事 もういいんじゃないでしょうか」

ここまでがんばれば
もう米軍に投降してもいいんじゃないですか

一緒に米軍に保護してもらおうと
そう 知事を誘ったのです

知事は 色をなして怒りました

君は 何ということを言うのだ
県民を見捨て
私だけ 生き残るわけにはいかない 

大阪には 家族が待っています
誰も 死にたくはありませんし
軍人ではありませんから
戦死する義務もありません

自分から投降するわけにはいきませんが
誰かに誘ってもらえれば
正当化もできます
誰も非難できないでしょう

人間ですから
知事も 心のどこか奥に
「投降」の二文字が
あったはずです

その弱い心を吹き飛ばすために
知事は 強い口調で
記者の申し出を断りました

知事が どこで最期を迎えられたか
誰も知りません

知事を最後まで支えた
荒川警察部長とともに
摩文仁の丘で目撃されたのが
その最後です

県民に尽くし
県民と運命を共にした
島田叡知事

摩文仁の丘のふもとの
「島守の塔」で
県職員の殉職者とともに 顕彰されています

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