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小公女

ろくな食事も与えられず
重労働で弱っていた
小公女セーラ

お使いの先で
溝に落ちていたお金を見つけます
それで手に入れた 甘パン10個
飢餓線上の子供には 夢のような話でした

いざ 食べようとすると
視線を感じます
見上げると 女の子の浮浪児
餓えて ボロボロの状態でした

セーラは その子に 甘パンを分け与えます
一つ また一つと
自分も食べたくて食べたくて
仕方がないのに
結局は 少ししか自分では食べませんでした

この子の方が もっと必要だからと
自分に言い聞かせながら
一個また一個と 少し震えた手で
甘パンを渡すセーラ

自分が 同じように餓えているからこそ
その浮浪児の苦しみが理解できたのでしょう

これが 満ち足りた環境で
安穏に暮らしているならば
餓えた人間の苦しみなど
分かるはずがありません

他者に 何かを与える人は
有り余るほど持っている人ではなく
ほんの少しだけ持っている人が
なけなしのものを 与えることが多い
そんな気がします

それは 自分自身が
苦しみ悲しみを味わっているから
他人の 苦しみ悲しみを
自分のことのように感じるからでしょう

これを仏教では「同悲同苦」と言います

逆境にも 心が負けず
苦しみや悲しみを 
宝物として昇華した人が 
この境地に至るのでしょう

悲しみや苦しみを
仏神からの贈り物だと取れるか
あるいは 
単なる苦役としか思えないか

人生は本当に 一冊の問題集です
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