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○ 「咬ませ犬」と愛

戸川幸夫の動物文学に
「咬ませ犬」という作品があります

土佐闘犬の 咬ませ犬

若い闘犬に 自信をつけさせるため
無理やりに 負けさせられます

その度に ボロボロになる身体とプライド
それでも 咬ませ犬は 戦士の本能で戦います

悪い業者に 盗み出されて
単に「咬ませ」の商品として扱われますが

ボロボロになった身体を
その業者はビジネスライクに手当てします
もちろん 次回の「咬ませ」に使うためです

業者の手に落ちる前の家では
愛してくれましたが
ボロボロの身体の ケアはできません

かえって 愛情などなくても
ケアの技術のある業者の方が
身体は楽だったのです

これには 考えさせられました

愛が無力で
この世の 力や技術だけに 意味がある

慈悲も愛では 苦しむ人が救えず
政府の制度や お金だけが 価値がある

そんな風に感じてしまったのです

たしかに 近代の科学や技術の発展は
既存の宗教を無力にしたかもしれません

しかし 愛そのものや慈悲の心や行為が
価値をなくしたわけではないのです

問題は 愛に満ちた人の群れが
この世の苦しみにも きちんと向き合い
それを救済する術を 
持つか否かだと思います

愛なくば いかなる安逸も快楽も空しい

件の「咬ませ犬」も
悪い業者に捨てられた後
保護された家で 本当の「愛」を知ります

回復した「咬ませ犬」を盗み出しに来た
悪い業者を 侵入した敵として攻撃するのです

やはり「愛」が全てです

その「愛」が進化し
さらに技術や知識を得て
実際の苦しみを救えるようになること
戦闘力を持つことが大事です

この世に満ちる「咬ませ犬」
彼らは 真の愛を待っています
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