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○ 捧げる愛

ミカンの気持ちが伝わってきて
びっくりしたことがある

とある 清らかな場所で
食事に供されたミカンを
手に取った時だ

「このような場所で 身を供養できてうれしい」

そんな感じの思いが
胸の中に 急に湧いたのだ

食べられることが嫌ならば
ミカンは あんなに美味しく稔ることはない

彼らにとっての 子孫繁栄の方法だ
そう言ってしまえば それまでだが

種の保存の本能を はるかに超えて
「身を供養する」存在なのも
間違いない

考えてみれば
牛さんや豚さん
鶏に魚たち
種々の果実や野菜たち

人間を支え 養う彼らの存在は
身を捧げる 愛の存在そのものだ

それを 金で購ったのだから当然だ
などという 傲慢な思いでいただくのは

やはり 少し勘違いかもしれない

彼らの献身を受ける
その価値が 私たちにあるのかどうか

それは 私たちの思いと行いにかかる

彼らの献身は 尊い土台だ

今度は 私たちが
カタチを変えた 献身をなす番だろう

ミカンの気持ちから
そんなことを感じてみた
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