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○ 神様がご覧になると

愛の行為
感謝の言葉

その実践だけで 
人間としては十分及第点だ

でも 神様からは
もう少し厳しくご覧になる

その行為そのものが
本当に 愛の「思い」に満ちているか
本当に 感謝が「心から」であるのか

外から見たのでは分からない
その人の心 そのものを
神様は ご覧になっている

まずは 愛や感謝を実践しているのが大前提だが

次には それが本物かどうかを問われるのだ

愛が 見返りを求める「取引」であったり
賞賛や評価を求める「投資」であったり
所有欲や独占欲 あるいは執着の場合すらある

それは 人間だから 本当に本物の愛そのものには
なかなか なれないのは当たり前だ

だが 自分の「愛」や「感謝」を
本物に近づける努力は 可能だ

死して 持って帰れるのは心だけ

その時に 
さんざん実践した「愛」が 
取引や執着でしかなかったら

閻魔様の前で 赤恥をかく

どうせなら 
愛の思いに満ちた 本物の愛他行を
そして 混ざり物のない 
純粋な感謝と報恩行を

いざってでも 近づこうとする その姿勢が
自他を本当の幸福へと導く

神様の あたたかく そして厳しい眼を
常に忘れないようにしよう




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