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○ 理解されることはない

「誰も理解してくれない」

そんな心の悲鳴が 
あちらこちらであがる

大人になるころには
心もかたくなになって
失望とあきらめが取って代わるが

でも 心の底には
理解されないという悲しみが
しっかりと刻まれたままだ

孤独感にも さいなまれようし
自分と他人との壁も
まるで断崖のように感じているだろう

しかし考えてみれば

自分の方から
他人を100パーセント理解したことが
はたしてあっただろうか

神様でもない限り
それは絶対に不可能だろう

それならば
自分が100パーセント理解されないのも
ある意味で当たり前のことだろう

考えてみれば
「悪」も ばれずに野放しだ

偽善者は指弾されることもなく
影で悪行を犯し
悪人が被る善人の仮面が
はがされることも少ない

そして「善」だとて 放置される

いかに自分が努力をしようと
修行して 心を善念で満たそうと
それを 他人に理解してもらうことなど
期待するほうが無理なのだ

「他人に認めてもらうことが 幸福の全てだ」

そんな風に思っている限り
幸福はなかなか寄り付いてこない

だから 認められようなどと思わないことだ
坦々と努力を続け
逆に他者の努力や行為を
認めてあげる側に立つべきだ

誰が見ていなくても
神様だけは見ている
努力も堕落も
100パーセント御承知だ

さあ ここは勇猛心を奮い起こして
「認められる」ことを請い願うのではなく
他人を「認める」努力をしよう

神様は それを微笑みとともに
見守っていらっしゃる

その視線を感じ取ることだ



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